実習生が来た! |
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実習生セルジュ・マツカを加えた4角関係(?) |
キース先生の事情 |
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キース先生に振って湧いたお見合い話 |
さよならお隣さん |
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キース先生に振って湧いた異動話 |
ジョミーを見送り、静寂を取り戻した病室にようやくキースが足を踏み入れると、ブルーは先程と変わらない様子で呆然とベッドの上に佇んでいた。
盗み聞くつもりがなかったと言えば嘘になるが、断片的に漏れてきた二人のやりとりは、放心したブルーの心中を察するには十分だった。
逃げ道にされてはたまらない。
そう吐きだしたジョミーは、かつてキース自身もそうだったことを彷彿とさせた。
あの時のブルーは、自分自身から逃げていた。
そんな彼だからこそ、キースは受け止めて支えていこうと思っていた。
だが今は・・他の誰でもない、ブルーは・・キースから逃げている。
自分以外の人間を「好きだ」と涙ながらに彼に言わせてしまった。
きっかけはもしかしたら、些細なことだったのかもしれない。
しかしそれに気付きもせず、彼をこうなるまで追い詰めたのは自分だ。
彼が傍にいるのが当たり前だと思うようになるとともに、『言葉にせずともわかる想いもある』と思っていた。
そう思っていたのは、錯覚していたのは自分の怠慢だと今更気付かされた。
記憶は取り戻してほしい。
だが、自分への想いが彼の負担になっているのなら、これ以上、彼に負担をかけたくない。
キースは懐から鍵を出すと、ブルーの手元にそれを置いた。
「・・・?」
「お前から預かっていた・・マンションの合い鍵だ」
動かぬ表情のまま、だが、ブルーは初めてキースのほうを見上げた。
「俺のは・・・好きに処分してくれて構わない」
ジョミーが聞けば、烈火のごとく怒るかもしれない。わかった、と言いながらそれとは逆のことをしているのだから。
例えばここで優しく抱きしめたとしたら、ブルーは自分を思い出してくれるだろうか。
愛している。元のお前に戻ってくれ、と・・囁いたなら記憶を取り戻してくれるだろうか。
寂しさの余り、愛おしさのあまりブルーは記憶を封印したのではないかとジョミーは言った。そうすることでブルーが自分自身を守っていたのだとしたら、すぐにでも思い出して元の彼に戻ってほしいというのは、キースの願望でしかない。
今ブルーが自分を思い出したくないというのなら、それでいい。
いくら時間がかかっても、ブルーが自分から思い出してくれるまで待つしかない。
だが、そのためには自分はブルーの傍にいてはいけない気がした。
傍にいれば、いつぞやのように無理矢理記憶を取り戻してもらおうとするかもしれない。
ブルーがキースを深く想うように、キースもブルーを想っている。その想い故、彼を傷つけない自身が、キースにはなかった。
「距離を置こう」
それがキースの出した答えだった。
「傍にいても、お前を混乱させるだけだ」
「・・・」
「すまなかったな」
ブルーの紅い瞳がじっとこちらを見つめていた。
まるで幼い子どものようなその輝きにくすりと笑みを溢すと、キースはブルーに背を向けて歩き出した。
「・・いで・・・」
細く小さな声が聞こえた気がした。
「・か・・な・・で・・」
「・・?」
確かに聞こえたそれに立ち止まると、キースはふいに何かに引っ張られるような感覚を覚えた。
「行かないで・・」
小さな子どものように、服の裾をブルーが掴んでいた。
「・・ブルー・・」
「行かないでよ、キース・・」
「・・・お前・・」
「傍に・・いてよ・・・」
目に溜めた大粒の涙をぽろぽろと溢しながら、ブルーはキースにしがみついていた。
「僕はただ・・・ずっと君に・・隣にいてほしいんだ・・」
泣きじゃくり震えるブルーに手を伸ばす。
キースは強く、震える彼を抱きしめていた。