実習生が来た! |
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実習生セルジュ・マツカを加えた4角関係(?) |
キース先生の事情 |
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キース先生に振って湧いたお見合い話 |
さよならお隣さん |
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キース先生に振って湧いた異動話 |
初日はどうなることかと思っていたが、実習は特に大きな問題もなく過ぎていった。
「ブルー先生」
「?」
廊下を歩いていると、ノートを片手にセルジュが声をかけてきた。
「これから授業ですよね?」
「うん、そうだけど」
「一応、見学させてもらっていいですか」
一応・・というのはどういう意味だ。
一言多いんだよ、君は・・と言い出しそうになり、笑みで誤魔化したブルー。
「いいよ」
いけない、いけない。
一旦悪い印象を受けると、その人間のどの面を見てもマイナスに捉えてしまうものだ。
合わない人間とはいえ、誰にでも長所は存在する。
教育者のはしくれとして、ブルーはセルジュの言動に苛立つことを止め、むしろ長所を出来るだけ探していくことにしようと決意を新たにしていたのだった。
幸い彼は、生意気だろうと、資格取得のためだけだろうと、学ぼうという姿勢はそれなりにある学生だった。現に実習が始まってまだ数日しか経っていないというのに、空き時間は他の教師の授業の見学を進んで行っていた。
キースやマツカのように・・とは言わないが、せめてこれを機に、彼とは普通にコミュニケーションをとり合いたいものだが・・
「そうだ、スタージョン君。もしまた間違いがあったら、教えてね」
「いいですけど・・それ以前に間違えないことが大事なんじゃないですか」
・・・少し気を抜いたらこれである。
もう余計な会話はしないでおこうかな・・と思いながら、ブルーはセルジュを伴って教室へと向かった。
「・・・わかりません」
「そう、じゃあ次の人」
教育実習中は生徒の注意力が散漫になる時期でもある。
自分たちとそう年の変わらないスーツ姿の若者たちが、背後で授業を見学しているからだ。たまたまこの時間の見学者はセルジュのみだったが、それでも生徒たちはあまり授業に身が入っていない様子だった。
「・・わかりません」
「ついさっき説明した部分なんだけど・・わかりにくかったかな。じゃあ、もう一度説明するね」
起立していた女子生徒に席にかけるように促すと、ブルーは数分前に説明した公式を再び噛み砕いて説明し始めた。
ふと、先程当てたばかりの女子生徒たちに視線を向けると、前後で顔を見合わせた彼女たちは、小さなメモを渡し合っていた。
なるほど、手紙の回し読みをしているのか・・。
よくあるといえば、よくある光景である。
その場で渇を入れる教師もいるが、ブルーは生徒の授業中の内職については、いちいち目くじらを立てても仕方がないと考えていた。
逆に、彼らを十分に惹きつける授業を自分が行っていない証拠・・そう考えて、もっと話を聞いてもらえるように授業に専念した。
その時だった。
後方で授業の見学をしていたセルジュが、先程の女子生徒たちの席までつかつかと歩いてきた。そして席の傍に来るや否や、手紙を持っていた生徒の腕を掴み上げた。
「きゃっ」
「こんなもん回しあってるから、授業についていけないんだろ」
セルジュは女子生徒を睨みつけると、掴み上げていた手からメモ用紙を奪い取った。
一方の生徒は驚いたようにセルジュの顔を見ていたが、恥ずかしさと悔しさの混じった表情で彼を見ると、すぐにそっぽを向いてしまった。
教室内は一時、騒然とした。
「さ、みんな集中、集中。続きやるよ」
何事もなかったかのように、ブルーは明るく生徒に声をかけた。
セルジュは若干腑に落ちないというような表情を見せたが、仕方なくメモを女子生徒に返すと元の位置へと戻って行った。
僅かに動揺していた生徒たちも、ブルーの説明の声に徐々に授業に戻ってきた。
ただし、セルジュに注意された生徒は相変わらずそっぽを向いたままだった。
「スタージョン君、ちょっと」
「何ですか」
授業の後、教室を出たブルーは別方向に行こうとするセルジュを呼びとめた。
「さっきの授業だけどね・・・なんていうか、注意はありがたいんだけど・・・・ちょとやり過ぎだったかな」
結局あの後、女子生徒は終始膨れ面をしていた。
授業中に回し手紙をしたことは確かに良いことではないが、結果的に彼女一人がさらし者になってしまった。
彼女からしてみれば、手紙を回していたのは自分だけではないのに、なぜ私だけが?と・・いった心境だったのだろう。
「あの子たちも、よくないことをしているとわかってはいるんだけど・・ほら、難しい年頃だから。注意をするなら、言い方とか対象とか・・あと、周りの子の目とかも・・少しだけ気を配ってあげて欲しいんだ」
「・・・じゃあ、あのまま見て見ぬ振りをすればよかったってことですか」
「そこまでは言っていないよ。僕はね・・ スタージョン君。そもそも授業を聞いてもらえないのは、それだけ僕の授業に魅力がないということだと思っているから・・僕自身、もう少し彼らの興味をひくように頑張らないといけないと思ってるんだ」
そう微笑んだブルーに、釈然としない表情のセルジュが強く言い放った。
「甘いんですよ、ブルー先生は」
「え・・?」
「そういう甘さって、生徒を駄目にするだけだと思うんですよ俺」
「・・・」
「・・・まあ、俺がそう思ってるだけなんで。先生には先生の考えがあると思いますけど。・・じゃあ、次の授業があるんで失礼します」
少し言い過ぎたと感じたのか、珍しくフォローのような一言を残してセルジュは去って行った。
一方、残されたブルーはしばらく呆然と立ち尽くしていたが、ようやく我に返ると、職員室へと戻って行った。しかしその途中、先程のセルジュの言葉が思考の全てを停止させていた。
生徒を駄目にする。
セルジュの言葉は、ブルーの胸に深く突き刺さった。