実習生が来た! |
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実習生セルジュ・マツカを加えた4角関係(?) |
キース先生の事情 |
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キース先生に振って湧いたお見合い話 |
さよならお隣さん |
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キース先生に振って湧いた異動話 |
「荷物、これで全部ですか?」
「はい、これで最後です。よろしくお願いします」
軽く会釈をし、キースは引っ越し業者のトラックを見送った。
エントランスの傍にある満開の桜の木からこぼれた花弁が、ふわりと頬をくすぐった。
かつてこの地にやってきたのも同じ季節だったな、と改めて時の流れを感じたのだった。
「3年か・・」
短かったのか、長かったのか。
少し感傷に浸りながら歩いていると、マンションの玄関からガラガラとカートを引きずる音が聞こえてきた。
「キース・・!トラックもう行っちゃったの!?」
「ああ」
「えー!?これも持って行ってもらおうと思ってたのに・・」
「・・タイミングの悪い奴だな。さっきこれで最後だと俺にゴーサインを出したのは何処の誰だ?」
「部屋の隅に置いてて見落としたんだよ。・・もうちょっと待っててくれてもいいのに。キースのせっかち」
「それぐらい手で持って行け。直前まで寝ているからこういうことになるんだ」
「あのね。誰のせいで睡眠不足になったと思っているんだい?腰は痛いし、体はだるいし・・もう最悪だ」
「一定の非は認めるが、誘ったのはお前だ」
「誘われる君が悪い」
「お前な・・・」
きっぱりと言い張る恋人に、キースは呆れを通り越して苦笑した。
「・・わかった、俺が悪かった」
そう言ってカートをブルーの手から奪うと、キースは彼の手をひいて再びマンションの中へと戻った。
「戻るの?」
「退去の立ち合いがまだだ」
そう言ってエレベータに乗り込み、5階のボタンを押す。
すっかり習慣づいていた行為だが、これで最後かと思うと少し寂しくもあった。
3年前、この地にやって来た時は想像だにしなかった。
今の自分も、そして彼のことも。
『・・・おい起きろ。ここは502号室だぞ』
『おい、ここは俺の部屋の前だと言ってるんだ。いい加減起きろ!』
脳裏によぎった光景に目を細めると、キースはぽつりと呟いた。
「・・もし俺じゃなかったら、どうなっていたんだろうな」
「え?」
何を指してのことかとっさにわからぬブルーに、キースは「何でもない」と開いた扉から廊下へと出た。
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「到着までもうしばらくかかるそうだ。下で飲み物でも買って・・」
マンションの管理会社からの連絡を受けていたキースが声をかけると、ブルーは玄関前でじっと502号室の扉を見つめていた。
「ここから僕たち、始まったんだよね」
「・・ああ」
「今までありがとうございました」
ブルーは姿勢を正すと、礼儀正しくこちらに頭を下げてきた。
「なんだ?急に・・」
「一応言っておこうと思って」
そう微笑む彼につられ、仕方なしにキースも頭を下げた。
「ありがとう・・ございました」
不慣れな言い回しとそのぎこちなさに、ブルーがくすくすと笑っている。
「なんだか照れくさいね。こういうの」
「お前が始めたんだろう。・・くだらん」
「くだらなくなんかないよ。これでも僕・・君にすごく感謝してるんだから」
「?」
「・・・僕ね・・・多分、君が隣じゃなかったら・・今よりもっと色んなことに挫けたり、甘えたり、諦めたりしてたと思う」
「・・・」
「それに・・・君が隣じゃなかったら・・きっと誰かをこんなに好きになることもなかったと・・・思う」
「ブルー・・」
「だから・・・」
「こんな僕ですが・・・これからも、よろしくお願いします」
少し照れくさそうに言うブルーが愛おしくて、キースは彼を抱き寄せた。
「・・こちらこそ」
あの日、あの夜、全てが始まった。
玄関前で佇む酔っ払い。
部屋を間違ったのだと思い、俺は彼を揺すり起こして。
そして・・・。
「・・・そうだキース、ちょっとひとっ走りしてお酒買ってきてよ」
「は?」
「せっかくだから引っ越し祝いしようよ。ぱーっと花見酒でも飲んでさ」
「お前な・・・・・そういうものは新居に行ってからやるもので・・」
「僕、梅酒がいい。キース梅酒買ってきて」
「いい加減にしろ。何様のつもりだ」
「お隣様」
他意のない、無邪気な笑顔が返ってくる。
少し癪ではあるものの、この笑顔に頭が上がらない自分をキースはとうに諦めていた。
あれから月日は流れたが、変わらずこいつは隣にいる。
こんな奴と隣あってしまったこと自体が、そもそも運の尽きだったのだろう。
けれど、
相変わらず俺は、この迷惑な隣人に心底惚れているのだ。
Fin