実習生が来た! |
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実習生セルジュ・マツカを加えた4角関係(?) |
キース先生の事情 |
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キース先生に振って湧いたお見合い話 |
さよならお隣さん |
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キース先生に振って湧いた異動話 |
校庭に響くサイレンの音。
それは、キースが5限目の授業を開始してしばらくたった頃だった。
意識を散らした生徒たちに遅れて窓外を覘きこむと、一台の救急車が校舎のすぐ真下に停車していた。
一体誰が運ばれているのだろう、と固唾を飲んで様子を見ていた生徒たちをキースは冷静に一蹴した。
「おい、野次馬もたいがいにして授業に戻れ」
その声に、立ち上がって窓際に来ていた廊下側の生徒たち数名がぞろぞろと席へと戻って行く。救急隊数名が保健医の案内で校舎へと入って行く姿がキースの目にも見えた。
何か得体の知れない胸騒ぎを覚えながらも、キースは相変わらず窓の外に気を散らす窓際の席の生徒たちに強い言葉を投げた。
「いい加減にしろ!お前たちは小学生か?・・早く授業に集中しろ」
生徒たちは皆視線を黒板に戻したものの、下から聞こえる救急隊や教師の声に、しばらく教室には異様な空気が漂っていた。
内容はっきりとは聞き取れないが、誰かが命に関わるほど危険な状態だということは階上にいるキースにもよくわかった。
かまわず授業を続けていると、再びサイレンの音が聞こえた。
その音が遠のいていく頃、ようやく教室内の空気はいつもの穏やかなそれへと戻っていた。
だが生徒たちを尻目に、何故かキースは胸騒ぎを止められないでいた。
まるで胸の奥底がすっぽりと抜けてしまったような浮遊感と、今まで味わったことのない不安に襲われた。
(生徒だろうか・・?それとも、教師だろうか・・・?)
教師という言葉に、先程言葉を交わしたばかりの恋人の顔がキースの脳裏を一瞬よぎった。
まさか、な。
自分の余りにネガティブな思考を払いのけるように、キースは声を張った。
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授業を終えたキースが職員室へ戻ると、複数の教師がブルーの机を取り囲んで話をしていた。その中の一人-キースにとっては気心の知れた女性教師-がこちらに気付いて声をかけてきた。
「キース!」
「・・?スウェナ・・」
「大変なのよ!」
「・・さっきの救急車か?」
「ええ、ブルー先生が階段から落ちたの」
「?!」
先程の胸騒ぎはこれだったのだ。
経緯はどうでもよかった。キースはただ、今彼が無事なのかということが知りたかった。
「それで・・・容体は?」
「頭を強く打ったみたいで、意識がなかったそうよ。今病院で検査してもらっているわ。詳しい事情は彼女たちが・・」
スウェナの視線の先に、二人の女子生徒が俯いたまま立っていた。
彼女たちは、キースのクラスの教え子だった。
「お前たち、どうしたんだ・・?」
担任の問いに、女子生徒の一人がぽろぽろと涙を溢しながら答え始めた。
「ブルー先生・・階段から足を滑らせた私を、助けようとして・・」
「・・・」
「キース先生・・・ブルー先生・・死んじゃったらどうしよう・・・。私のせいだ・・・」
「そんなことないって!ブルー先生のことだから、きっと大丈夫だよ」
泣きじゃくる彼女に、もう一人の女子生徒が励ますように声をかけている。
担任の自分も何か声をかけるべきなのに、そうするのが務めなのに・・・キースは彼女に何一つ言葉をかけることができなかった。
(死?)
(何を言っているんだ・・?)
『頭を強く打ったみたいで、意識がなかったそうよ』
(誰の話をしている・・?)
キースはただ、死という言葉を、遠い世界の出来事のように傍観することしかできなかった。
「キース!」
「・・?」
「何ボーっとしてるの?あなた、次授業ないんでしょ?」
「・・ああ・・」
「だったら私の車に乗せてあげるから、一緒に行きましょう」
「・・・どこに・・?」
余程自分は呆けた顔をしていたのだろう。スウェナが驚いたようにこちらを見た。
実際、キースは自分が何を考え、何を言ったのかすらわからないところまで混乱していた。
「ちょっと、しっかりしてよ!病院に決まってるでしょう!」
「あ、ああ・・」
「とにかく・・治療は病院に任せて、私たちは私たちのできることをしましょう」
スウェナは机の脇にあったブルーの鞄をキースに渡すと、ついてくるように促した。
鞄の隙間からのぞく青い尻尾に目がとまる。
随分前に渡した自分の部屋の合い鍵だ。
鍵についた鳴きネズミのぬいぐるみを見て、『らしくない』と笑い転げた彼の笑顔が浮かんだ。